報恩講2018
Last-modified: Wed, 26 Jun 2019 19:25:25 JST (1766d)
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法話
- この講義録は、報恩講での法話を記録した説法録ですが、ご説法いただいた方の了解を得ていないので、ご法話者等の記載を省略しています
午前の部
- 「ご縁」とは、仏様もお働き(導き)です
- 「報恩講」とは、親鸞聖人の遺徳をしのび、感謝する集まり(法要)です
- 浄土真宗のお経は、お釈迦様の4千種のお経から、3部経を選択したものです
- 娑婆というのは、モノが壊れる世界で、四苦八苦の世界です
- 「四苦八苦」というのは、「生老病死」の四苦に
「愛別離苦」、「怨憎会苦」、「求不得苦」、「五陰盛苦」を加えたもの
- 「四苦八苦」というのは、「生老病死」の四苦に
- 「本願」というのは、本当の願いであり、
「本尊」というのは、本当の尊いものです- 「涅槃会」というのは、釈迦入滅の日の遺徳・追慕と報恩のための法要
- 涅槃団子: 涅槃会で配られる団子
赤・緑・白・黄(・黒)の5色: 古代インド哲学での五大(地水火風空)
- 涅槃団子: 涅槃会で配られる団子
- 「涅槃会」というのは、釈迦入滅の日の遺徳・追慕と報恩のための法要
- 「弥陀仏本願念仏 邪見憍慢悪衆生」という詩が正信偈にあります
- 阿弥陀仏の本願は、邪見・憍慢の悪衆生を救うこと
- 邪見: 道理に背いた邪悪な思い
- 憍慢: 思い上がり
- 煩悩: 愚痴・貪欲
- 阿弥陀仏の本願は、邪見・憍慢の悪衆生を救うこと
- 「浄土世界」は、池中蓮華、青黄赤白、大如車輪、微妙香潔のある世界です
- 池中蓮華:池の中には蓮華が咲いている
- 青黄赤白:青い色は青く光り、黄なる色は黄に光り、赤い色は赤に光り、白い色は白に光っている
- 大如車輪:車輪のように大きな華
- 微妙香潔:心も言葉もおよばぬほどの浄らかな香り
- 迦陵頻伽:上半身が人で、下半身が鳥で、「妙音鳥」、「好声鳥」、「逸音鳥」、「妙声鳥」の声
- 「報恩講」は、11月28日(親鸞聖人の命日)までの7日間(七夕夜)に行います
(11月21日から11月28日) - 「親鸞聖人」の生い立ちは
- 比叡山延暦寺で天台宗を学ぶ
- 六角堂で法然に学ぶよう夢のお告げがある
- 専修念仏の法然(のちの浄土宗の開祖)に入門
- 後鳥羽上皇により、越後に流罪(法然は讃岐に流罪)
- 『佛説無量寿経』、『佛説観無量寿経』、『佛説阿弥陀経』を浄土三部経とする
- 弟子を持たず、阿弥陀仏が親
- 「おかげさま」というのは、仏などの見えないものの陰で、その庇護を受けている、ということです
- 「三帰依」(三つの拠り所)の詩を詠いましょう
- Buddham saranam gacchami
(ブッダン・サラナン・ガッチャーミ)
(私はブッダ(仏)に帰依いたします) - Dhammam saranam gacchami
(ダンマン・サラナン・ガッチャーミ)
(私はダンマ(法)に帰依いたします) - Sangham saranam gacchami
(サンガン・サラナン・ガッチャーミ)
(私はサンガ(僧)に帰依いたします)
- Buddham saranam gacchami
午後の部
- 「廻向」とは、念仏を唱えると蘇ってくる(自業自得)ということです
- 本願念仏の教えが釈尊の時代から七高僧を経て伝えられてきた
- 「正信偈」というのは、七音の重要言葉、120行で構成された経文
- 親鸞聖人が選ばれた高僧として「七高僧」があります
- 第一祖 龍樹(インド):
- 『十住毘婆沙論』全17巻を著作。
- 第二祖 天親(インド):
- 『無量寿経優婆提舎願生偈』(『浄土論』)を著作
- 第三祖 曇鸞(中国):
- 中国浄土教の開祖、『無量寿経優婆提舎願生偈註』(『浄土論註』・『往生論註』)を著作
- 第四祖 道綽(中国):
- 中国浄土宗の僧、善導の師、『安楽集』を著作
- 第五祖 善導(中国):
- 中国浄土宗の僧、「称名念仏」を中心とする浄土思想を確立
『観無量寿経疏』(『観経疏』・『観経四帖疏』・『観経義』)を著作
- 中国浄土宗の僧、「称名念仏」を中心とする浄土思想を確立
- 第六祖 源信(日本):
- 日本浄土教の祖、『往生要集』を著作
- 第七祖 源空(日本):
- 親鸞の師、法然房源空、『選択本願念仏集』(『選択集』)を著作
- ちなみに法然上人が挙げられた浄土五祖は、曇鸞、道綽、善導、慧観、少康
- 第一祖 龍樹(インド):
- 「浄土」とは、仏さまの世界ですが、単に死後の世界としての「あの世」や理想郷ではなく、生活をともにする相手が悲しんでいるときに、共に悲しむことも含んだ(倶会一処:くえいっしょ)、人間を見失ったものに人間を回復させる仏さまの世界を言います
- 親鸞聖人は、「『地獄』こそ私のすみか」と言っておられ、地獄から逃げようとしても逃げられるものではなく、大切な一つの経験として受け入れれば良いのです
主な参考文献
‐ 真宗大谷派(東本願寺)
‐ ウィキペディア